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第3話 川底の瞳と鶏の血

Penulis: 日蔭スミレ
last update Terakhir Diperbarui: 2025-11-17 08:11:50

 それから領地内の孤児院や修道院にも足を運んだが、殺人犯の実の娘であることやあと二年で成人という点で門前払いを受けた。

 しかし、いつまでも泣いて落ち込み続けても、暮らしていけない。

 少しずつこの領地の隣人たちの信頼を取り戻そうと、ヨハンの提案によって始めたのが養鶏業だった。

 餌を撒き終え、鶏の群れの中でぽつりと立つイルゼは口を手で押さえて欠伸をしていた。そんな様子に見かねたのだろう。

「イルゼはねぼすけだな。まだ眠いのか?」

 笑いながらヨハンに言われて、イルゼは首を横に振るい「大丈夫」と、またも抑揚よくようの乏しい口調で答える。

 愛想の欠片もない返答だが、これがイルゼの普通だ。

 義兄は特にそれを気に留めず、穏やかな笑みを向けた。

 イルゼは言葉が非常に平坦で感情が乏しく喜怒哀楽がろくに表情に出ない。

 ──大きな瞳に愛らしい小さな鼻。腰につくほどに長く艶やかな金の髪。と、見た目こそ可憐だが、その表情は死んでいて、無感情な人形のようだった。

 余計にそう見せるのは、瞳の色が一因しているだろう。

 川底のような深く冷ややかな青緑色なので、どこか淀みをたたえているように映ってしまう。

 そんなイルゼに対して義兄のヨハンときたら、顔立ちの精悍である癖に物腰が柔らかい性質の持ち主だった。

 性格も非常に明るいことから街で評判の高い男である。

 もはや、ヨハンのお陰でこの家業が円滑に回っていると言っても過言でない。非の打ち所の無い義兄だとはイルゼも思っていた。

 しかし、なぜにここまで自分を構い気に掛けるのか。母を殺した男の娘だというのに……。

 だが、これに対して「イルゼには何の罪もないだろう」の一点張りで、そう思う他なかった。

 しかし、非の打ち所の無いとはいえ、苦労はしている所為か。ヨハンは非常に眠りが浅いらしい。

 養鶏業を始めてからというものの、夜も眠れぬ不眠に悩まされているようで、街の診療所に度々訪れ、睡眠薬を処方してもらっているとのことだ。

 片や、自分と来たら朝にめっぽう弱く、寝ようと思えば何時だって寝てしまえるほど。夕食を終えれば眠くなり、湯浴みを済ませてさっさと床に入る毎日だ。本当に、この睡眠欲を義兄に分けてあげたいほどだと思えてしまうほどで……。

 キビキビと仕事をするヨハンを横目に鶏舎けいしやから出ようとした──そのときだった。

「ああ。そういえば、ひばり横町の南外れにある酒場がうちを卵や肉の仕入れたいって言ってたんだ。正午くらいには回りたいから三羽ほど……」

 ──潰せるか?

 そうかれて、イルゼは彼を一瞥いちべつもせずに頷いた。

 潰す。即ち屠殺だ。

 養鶏業を営む身として、いい加減に慣れてしまっている。感情が乏しい自覚はあるが、命を奪うことへの罪悪感は当然のように胸に残る。

 鶏相手だろうと、父の血を確かに感じてしまうからだ。

 だが、そうでもしなければ生きていけない。役割分担だ。

 義兄ヨハンが、イルゼの苦手な集客を担ってくれる。だから自分が鶏を絞める。

 こればかりは文句を言えず、黙認するしかない。

 人当たりの良い力持ちの義兄が配達と客商売。人付き合いができない自分が屠殺と養鶏場の管理。まさに適材適所。

(適材適所……)

 イルゼは心の中で呪文のように唱え、おりを吐き出すように深い息をついた。

 ***

 屠殺の手順は、まず鶏を失神させる。そして宙づりにしたら首を──

 外にこしらえた釜で熱湯を沸かしつつ、イルゼは兄が失神させた鶏を連れてくるのを待っていた──そのときだった。

 誰かがこちらへ歩んでくる足音が響き、イルゼは目を細めた。

 この足音は間違いない。嫌な人が来た。眉をひそめて間もなく、姿を現したのは想定通りの人物──義姉のリンダだった。

 猫のように尻をくねらせる歩き方は、色っぽいを通り越して下品だった。

 イルゼと同じ民族衣装のディアンドルを纏っているが、彼女は外仕事などしない。汚れもほつれも微塵なく、新品だろう。鉄黒の生地はなめらかな光沢を放ち、質の違いも窺える。だが上品とは言い難い。歩き方もさることながら、襟元のボタンを外して胸元を大きく露出しているせいだ。

(男を誘う場でもあるまいし)

 心の中で反吐を吐けば、吐き気を催すほどの猫なで声で「あらぁ」とリンダは手を振った。

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